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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)3360号 判決

原告 笹岡峯子

被告 鈴木和夫

主文

被告は原告に対し金十万円及びこれに対する昭和三十一年五月十六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その二を被告の負担とする。

本判決は原告勝訴の部分に限り金三万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

(一)  原告と被告とは昭和三十一年一月二十七日結婚式を挙げ、同日静岡県伊東方面に新婚旅行に出でて、もつて婚姻の予約をしたこと被告が同年同月二十九日原告に対し、右婚姻の予約を破約する旨を申出でて、その婚姻予約を破棄したことは当事者間に争がない。

(二)  ところが被告は右婚姻予約の破棄は、被告は原告との縁談進行中原告の余りにも勝気であることを怖れ性格が合わないことを理由に、その縁談を断ろうとしたが、媒酌人須藤重雄等に半強制的に勧められたため、不承不承に承諾したが、二日間に亘り新婚旅行中原告の起居動作は余りにも粗暴であつて、女らしき優雅なる点は毫もなく、且つ閨中の房事について原告は挑発的積極的で処女らしき羞恥の態度もなく、かくては将来被告は原告に頤使せられるに至り、到底被告にとつて終世の伴侶たるべき女性ではないから、早期破約は双方の利益である。との正当な理由に基くものであると主張するので審按するに、証人須藤重雄、同渡部丑雄及び同安楽岡まさの証言並びに被告本人尋問の結果を綜合すると原告と被告とは訴外渡部丑雄、同須藤重雄の斡旋で婚姻することを約したが、被告は原告が気が強そうであり、被告は気が弱いので、到底将来生活を共にすることは被告にとつて幸福でないと考えたので、訴外安楽岡まさに依頼して原告との婚約の取り止めを右媒酌人に申出でたが、同人等がこれを肯き入れなかつたので、被告はそのまま前記のごとく原告と結婚式を挙げ、新婚旅行に出た。然し被告は再び原告が勝気であり、これでは将来生活を共にすることは困難であると思惟し、同月二十九日右婚姻予約の解消を原告に申入れて、これを解消したこと並びに原告は男勝りの性格であり、被告は気の弱い性格であることを認めることができるけれども、原告が粗暴の女性であること及び被告主張の如き閨房の事実についてはこれを認める証拠はない。そこで考えるに、右認定のとおり原告は男勝りの性格であり、被告は気の弱い性格であつて、その性格が全く対蹠的であることは明かであるけれども、両者の性格が一致しないとか、女性が気の強い性格であるとかいうこと、それ自体だけでは、これを以つて直ちに婚姻の予約を破棄するに足る正当な事由とはならない。けだし婚姻中或は婚姻予約中の当事者の性格が一致しないとか、その一方の女性が気の強い性格であるとかいうこと自体だけで、これが常に、そして一般に婚姻又は婚姻の予約を継続することを不可能ならしめる筋合のものではなく、かかる因子があつても、その調節釣合を保つことができれば婚姻或は婚姻予約中の生活を継続するに、さしたる支障を来たすものではないからである。従つて未だその調節、釣合が保てなくなつたとの事実を認めることのできない本件においては、被告のこの主張を採つて以つて、原被告の本件婚姻の予約を破棄するに足りる正当の事由がありとすることはできない。寧ろ右認定のように被告が未だ原被告の相違する事実を性格の調節釣合が保てるかどうかもわからない前に、夙に原告が気が強く、両人の性格が相違するとの捉えて、直ちに右婚姻の予約の破棄の正当事由がありとするがごときは、独断的な被告の見解にしか過ぎないのに、徒らに自己の危惧に基つき未だ採つて以つて客観的な正当事由と見做すことのできない右事由を以つて原告との婚姻の予約を破棄することを敢えてした被告は、方に正当の事由がないのに、一方的に原告との婚姻の予約を破棄したものというべきであつて、原告に対し、これによつて生ずる一切の法律上の責に任じなければならないものと認める。

そして原告が被告の右理由なき婚姻の予約の破棄により精神上の苦痛を蒙らされたことは経験則上明かなことであるから被告は原告のこの精神的苦痛を慰藉すべき義務があり、その義務履行の方法としては民法の定めるところにより慰藉料の支払いによるべきである。被告は結納支度金結婚式費用及び新婚旅行費用を支出したから原告の請求に応じられないと主張するけれども、これらの支出は本件損害賠償義務に関係あるものでないから、この主張は排斥する。

(三)  よつて、右慰藉料の額について考えるに、証人須藤重雄、同安楽岡久治郎の各証言、原告及び被告の本人尋問の結果を併せると、原告は福島県猪苗代中学校を卒業して上京し、昭和二十六年四月から同三十一年一月二十五日まで訴外須藤重雄方に住込み勤務し、同家より退職する頃は洗濯物の仕上げを担当し、一ヵ月金九千円の給料を得て、自活して居たが、被告と婚姻するため退職したものであり、且つ被告との事実上の結婚生活は僅か両三日にしてこれが破局に遭遇し、しかも被告との結婚により姙娠し、しかもその胎児の人工流産を余儀なくせしめられた事実、原告は現在川崎市内江向クリーニング店に勤務して一ヵ月金九千円の給料を得ている事実、並びに被告は現在肩書地でクリーニング業を営み、一ヵ月約七万円の営業収入を挙げ、財産約二十万円を有している事実を認めることができ、これ等の事実に前記認定にかかる事実及びその他諸般の事情に照らして、被告の原告に対する本件慰藉料の額は金十万円をもつて相当と思料するから原告の被告に対する慰藉料請求は金十万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達せられた翌日であること本件記録によつて明かな昭和三十一年五月十六日から右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、その理由があるからこれを認容し、これを超ゆる請求は失当として棄却する。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中宗雄)

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